わたしが神さまを、完全に見失った日


今日はなんだか
すごいタイトルですが(笑)、

 

 

今回の投稿は
わたしの個人的な
備忘録なので、
興味のない方は
どうぞスルーしてください。

 

 

最近、
自分の人生が、
かなりひっくり返ってます。

 

 

外側でひっくり返っているのではなく、
内側で、です。

(外側では、なにひとつ問題は起きてません・・・^^;)

 

 

 

今まで自分が、
正解だと思い込んでいた
さまざまな思い込みが
完全にひっくり返されており、
それに伴い、
いろんな感情が 噴出しています。

 

(これ、なかなかにキツい・・・σ^_^;)

 

 

 

その最たるものが、
「自分」のとらえかたです。

 

 

 

現代社会の中で
わたしたちは常に
「自分」という「個人」が
一体誰なのかを
問われてきました。

 

 

 

名前、
年齢、
性別、
職業、
生い立ち、
国籍、
好き嫌い、
価値観、
イデオロギー、
・・・などなどなど、

 

あらゆる点から、
「わたしとは一体、何者なのか」
「わたしは一体、何がしたいのか」と。

 

 

西欧文明中心の社会では、
アイデンティティを確立する、
個人というものをしっかりさせる、
個性を際立たせる・・・、
ことこそが、
価値であると
思い込まされてきました。

 

 

 

その結果、
わたしたちはどうも、
「ほんとうの自分」を
見失ってしまったようです。

 

 

 

そしてわたしも
思い出したのです。

 

 

 

自分が
西欧的な「自己」の感覚を
用い始めた瞬間のことを。

 

 

 

あれはわたしが
小学2年生のときでした。

 

 

休み時間に
学校の階段を上がっているとき、
雷に打たれたみたいに、
ふと、こう思ったのです。

 

 

 

「去年までの自分は
なんて子どもだったんだろう」

 

 

 

それは何というか、
自分の中では
決定的な気づきの瞬間でした。

 

 

 

7歳にして、
それ以前の自分を
「ああ、子どもだったな」と
どこか冷静に
今までの自分とは違う存在として
見るようになった。

 

 

 

それまでのわたしは
かなり早い年齢で勝手に文字を覚え、
幼稚園では絵本コーナーに入り浸って
ずっと一人で本を読んでいるような、
いわゆる「頭が早く起きた」子どもではありましたが、

 

 

その一方、
社会のルールというものがよくわからず、
先生の話も聞いておらず、
小1のときは、
渡されたプリントをすべて
自宅の学習机の引き出しに突っ込んだままにしておき、
何週間も経ってから親に見つかり、
そこで初めて、
それは宿題というもので、
家で解いて学校に持参せねばならないのだと
気づいたりするような少女でした(⌒-⌒; )。

 

 

 

それが、
その7歳のとき、
階段を上っている最中に、
世の中のルールみたいなものが
急に腑に落ちて、
そこで自分の意識が
一気に切り替わったのです。

 

 

 

今でもありありと覚えているその瞬間を、
わたしはずっと、
自分がそのとき
大人の階段を上がり始めたのだと、
「進歩」して「成長」したのだと、
思っていました。

 

 

でも最近、
それがとんでもない勘違いだったということに
気づきました。

 

 

その瞬間こそ、
わたしが自分の内なる神さまとのつながりを
完全に見失った瞬間だったのです。

 

 

 

自己という
本来はありもしない幻想にとらえられ、
他と切り離された
孤独な単体としての
自分を感じるようになった。

 

 

森羅万象や
他の人とのつながりを
完全に見失い、
外からの情報に頼るようになった。

 

 

 

神様は本来、
わたしたち一人一人の
内側にしかいないのに。

 

 

 

わたしの孤独感は
そのときから本格的に始まったんだろうと
今では想像がつきます。

 

 

 

数日前に
ある出来事がきっかけで
そのことを思い出して、
号泣してしまいました。

 

 

 

わたしのそれからの人生は、
内なる神様を取り戻すための
試行錯誤の積み重ねだったといっても
過言ではないのだなあと。

 

 

 

その試行錯誤の結果わかった、
内側の神様とつながるルートは
ただひとつ。

 

 

 

自分の身体を取り戻し、
自分の身体とつながることです。

 

 

 

その意味で、
壮大な回り道を経て
本来の場所に
戻りつつあるのだなあと、
わたしがセラピーで行っているのも
クライアントさん一人一人が
自分の内なる神様につながる手伝いを
しているだけなんだなあということが、
最近ますます
腑に落ちてきました。

 

 

 

「癒し」と「悟り」が 似ているのは
実は当たり前だったんですね。

究極に癒された状態とは?

 

 

ということで、
最近は、
日々のセラピーが
本当に
神事になりつつあります。

 

 

なんてったって、
クライアントさん一人一人の中にいる神様と
直接対話をさせていただける
神聖な時間なんですから。

 

 

 

そうなんです。

 

 

神様は
あなたの中にも
ちゃんといるんです。

 

 

 

だから、
外に探さなくても
いいんです。

 

 

 

あなたのあらゆる疑問に対する答えは
すべて 自分の内側にあります。
(というか、内側にしかないのです)

 

 

 

それをどうぞ
忘れないでくださいね。

 

先週、北海道に戻っていました。
北海道の森にも、神さまがいっぱい。
(というか、神さまはどこにでもいます)

 

 

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