自分の美醜は、自分が決めるもの


わたしは、トラウマセラピーという自分の仕事が大好きです。

 

医者に見放され、自分でも一生苦しまなければならないと思い込んでいたクライアントさんが、セッションを重ねるたびに驚くほど元気になっていくのを見るのは喜びだし、
セッション中にこちらが感動のあまり泣きたくなることも多いし、
この仕事が大好きな理由は数限りなくあるのですが、
そのひとつが、「シンクロ」です。

 

 

わたしは普段、営業日には1日に5人の方とセッションをするのですが、
不思議なことに、「その日のセッションのテーマ」が重なることがよくあります。
5人全員ということはまずありませんが、2人、3人はしょっちゅうです。

 

たとえば、母親との関係だったり、
(まあこれはかなり多くの人に共通するテーマなので、それほど不思議ではないですが)
性的虐待や交通事故といったエピソードだったり、
「悲しみ」「怒り」「対人恐怖」といった、特定の感情だったり。
この場合の「テーマ」とは、頭で設定するものではなく、
身体に働きかけているうちに、自然に浮かび上がってくるものです。

それが重なるというのは、とても面白いなと思います。

特定のテーマを解放させたいという、宇宙の意図がそこにあるような気がするから。

だって、誰かが癒されるということは、人類全体に対して良い影響が与えられるということなのです。

わたしたちはみんな、つながっていますのでね。

 

 

ということで今日は、つい最近、同日にセッションを受けた2人の女性(20代と50代)に共通していたテーマについて書いてみようと思います。

 

 

それは、「自分の外見」でした。

 

 

その女性2人は、私の目から見れば、とびきりの美人です。

 

いや、私だけでなく、出会った人はおそらく誰もが、彼らが美人であることに同意するだろうというレベルの美しい人たちです。

 

でも、彼女たちは二人とも、自分の顔が綺麗ではないと思い込んでいました。

 

あんなにきれいで、人からはきっと羨まれているであろう女性たちが。

 

つまり、自分の美醜を決めるのは自分なのです。
実際の外見は、なにひとつ関係ありません。

 

 

たとえ世界中の人が、自分の美しさを褒め称えてくれたとしても、
本人が自分は醜いと思っていたら、その人の世界ではそれが真実になるのです。
だって、自分の世界で生きているのは自分だけだから。

 

かのオードリー・ヘップバーンでさえ、自分の顔や体型で悩んでいたといいます。

 

それほどまでに、客観的な美醜の評価というものは、本人にはまったく関係がないんです。

 

 

・・・だとしたら。

 

 

自分が美人かどうかは、
自分で決めていいんです\(^-^)/。

 

というか、それは常に、自分が決めるものです。

そこに客観的な基準は、なにひとつありません。

周りの人がいくら「あなたはきれいだよ」と賞賛してくれても、自分がそれを受け取れず、彼らの言葉を信じられなかったら、あなたは自分の外見について永遠にあら探しを続けるだけです。

 

だって、自分の世界に住んでるのは自分だけだから。
(重要なので繰り返し)
周りからなんと言われようが、自分がそれを信じられなければ、それはあなたにとっての真実ではないから。

 

だったら、自分の真実を、自分で変えてしまえばいいだけです。

 

それには、ルイーズ・ヘイの「ミラーワーク」がとても役にたちますので、よければやってみてください。

 

ミラーワークは、とてもシンプル。

 

毎日、自分の顔を鏡で見て、鏡の中の自分に対して、
「かわいいね」「きれいだね」「とっても美人ね」と口に出していうだけです。

 

これだけですが、
これ、実際にやってみると、自分が醜いと信じてる人には、ものすごくハードルが高い作業であることがわかると思います。

 

でも、それを乗り越えて毎日続ければ、
3ヶ月もすれば、あなたの世界はすっかり変わってしまうはずです。

 

わたしもひさしぶりに、やってみようと思います(笑)。

 

「いや、私にはどうしても無理・・・」という方がいれば、
ぜひ、セラピーを受けにきてください。
わたしには見えているあなたの美しさを、一緒に見つけていきましょう。

 

 

 

わたしが美しいと感じるさまざまな女性の写真を集めてみました。

女性って、年齢や人種を問わず、本当に美しいと思います。
(わたしは美人が大好きなのです♡)

 

 

藤原ちえこのセラピーはこちら

 

メルマガ登録はこちらから

 

藤原ちえこの著作はこちらから