昨夜、私が以前勤めていた某新聞社の北海道支社の忘年会に行ってきました。これは、新聞社と系列テレビ局が道内各界の重鎮を招いてホテルの立食パーティーでまあ慰労するわけですが、そんな場所になぜ私が潜り込めたかというと、やはりその新聞社OBである夫に招待が来たので、私もちょっと混ぜてもらったわけです。当時お世話になった記者の先輩方が今も札幌にたくさんいらっしゃるので、久しぶりになつかしい皆様にご挨拶するのも悪くないかなあと。
どんな催しかなあと気楽な気分で行ったのですが、入口でずらりと新聞社の方々がお出迎えしてくださり(つまり、かつての先輩方です)、受付で名簿と名札を渡されるようなものものしい会合で、私など完全に場違いでした(笑)。それでも良かったのは、当時の先輩方に10年ぶりくらいにお会いできたのももちろんですが、それよりも、私が札幌勤務当時にお世話になった取材先の方々が何人も偉くなって出席していたので、その方々に久しぶりに会えたことです。
以前こちらにも書きましたが、私が一緒に春の甲子園に行った駒大岩見沢高校の当時のコーチ、高橋真次くんが、今や立派な甲子園出場監督となって出席していました。すっかり貫禄がついて立派になっていましたが、話してみると当時のままの好青年で、15年の年月を忘れて話し込んでしまいました。当時の甲子園メンバーの消息を尋ねたら、プロで活躍している人あり、居酒屋の大将になった人あり、介護の仕事をしている人あり、皆それぞれの分野で活躍しているようです。あれから長年経ったのだなあと、とても感慨深かったです。「当時より部員の数は多いけれど、皆昔ほどやんちゃじゃないので助かっています」とのことでした。これでまた、来年夏の楽しみが増えました(笑)。
そして、やはり駆け出し記者時代に取材した、当時札幌で保育サービスを始めたばかりだった水沢佳寿子さんは、今やプロバスケットボールチーム、レラカムイの社長さんです。当時からバイタリティあふれる方でしたが、素敵に年齢を重ねていらっしゃるご様子でした。また、アイヌ民族問題の取材などでお世話になった相内俊一先生は、小樽商科大学の教授になっていらっしゃり、「学長特別補佐」という肩書の名刺をいただきました。
そして今朝起きて驚いたことに、今朝の朝刊にその懇談会の記事があり、私が一番目立つところに写っている写真が載っていました(笑)。その下の見出しが「各界トップ懇談」となっていて、これはもう笑うしかない。何故なら、数多い参加者の中で、私だけが名簿と名札の肩書きが空欄の、どこの馬の骨ともつかない参加者だったからです(笑)。デスクの皆さんは、私が各界トップとは程遠いことを百も承知でしたでしょうに、なぜ道警本部長とか日ハムの社長さんが写っている写真を載せなかったのでしょう。よりにもよって、私が相内先生とサンフランシスコのフリーセックス事情について馬鹿話をしながらデザートをつついている時の写真が使われてしまうとは(笑)。
とにかく、本当に久々に、なつかしい面々に会えて楽しかったです。私は札幌に戻ってきてからもう4年近く経つのですが、なんとなく、本当に札幌に戻ってきたんだなあと今さらのように実感した夜でした。