最近、アメリカのある素晴らしい小学校の先生についての話を読みました。
フロリダ州ネイプルズの公立小学校の5年生の担任、キャシー・ピット先生は、毎週金曜日になると、クラスの子供達に紙を配り、以下のことを記入させたそうです。
次の週、近くに座って同じグループになりたい友達4人の名前
その週、特別に素晴らしかったと思う友達の名前
子どもたちはその紙を、誰にも見せずに先生に直接手渡すように伝えられます。
そして、子どもたちが帰宅した放課後の教室で、キャシー先生はその紙を広げ、1枚1枚じっくりと目を通します。
子どもたちの席の配置を必ず希望通りにするためではありません。
翌週、教室で表彰する子供を選ぶためでもありません。
キャシー先生が気にかけていたのは、次のようなことでした。
誰からも隣に座るリクエストをもらえない子どもは誰だろう?
隣に座る友達を選べないでいる子どもは誰だろう?
誰からも素晴らしかったと思ってもらえない子どもは誰だろう?
先週はものすごい数の友達がいたのに、今週は誰も友達がいない子どもは誰だろう?
つまり、キャシー先生が探していたのは、「ひとりぼっちの子ども」だったのです。
他の子とつながりを持てない子ども。子どもたちの人間関係の網の目からすべり落ちている子ども。
子どもたちのメモを見れば、どの子がいじめられていて、どの子がいじめっ子かは一目瞭然でした。
いじめは普通、教師の目の届かない場所で起こります。
そしていじめられている子どもは、それを大人に伝えることを恐れます。
でも、この安全な方法で、彼女は子どもたちの人間関係を、まるでレントゲンで映し出すかのように明るみにだすことができたのです。
キャシー先生は、1999年にコロラド州ジェファーソンのコロンバイン高校で起きた銃乱射事件の後から、この毎週金曜日のルーティンを始めたと言います。
他の生徒からいじめの標的にされていたコロンバイン高校の男子高校生2人が、ある日銃や爆発物をもって高校に現れ、45分間に渡り銃を乱射し、生徒12人と教師1人を射殺したあと、自分たちも銃で自殺するという事件は、当時、全米史上最悪の大量殺人事件として、全世界を震撼させました。
キャシー先生のことを最初に世間に紹介した、作家のグレノン・ドイル・メルトンさんは、
(彼女の息子さんの担任がキャシー先生だったのです)当時の自分のブログでこう書いています。
「この素晴らしい女性は、コロンバイン事件を見て、すべての暴力は断絶から始まることを知ったのです。
すべての外的な暴力は、内面の孤独感から始まります。
彼女はあの事件を見て、誰にも気づかれなかった子どもたちは、最終的には、あらゆる手段を使ってでも自分の存在を気づかせようとするようになることを知ったののです」
本当に本当に、その通りです。
私にも経験がありますが、いじめられている子は、これ以上いじめの被害に逢いたくないがために、自分の気配を何とかして消そうとします。
その結果、先生からは余計に気づいてもらえなくなる。そしてますます孤立し、孤独感を深めていく。
いじめ以外の理由でも、息を殺して、自分の存在感を消しながら生きようとする子どもは大勢いると思います。
家で親から虐待されている子ども。
転校してきたばかりの子ども。
成績が悪く、居場所がないように感じている子ども。
家がとても貧しく、それがばれるのを恐れている子ども。
でも本当は、そういう子どもたちが、心の底ではどれほど大人に気づいてもらうことを渇望しているか。
どれほど孤独で、毎日辛くて、時には自分の存在を消してしまいたいと感じていることか。
大人の助けを誰よりも必要としているのは、本当はそういう子どもたちなのです。
キャシー先生は、上記の方法でいじめっ子やいじめられっ子を特定しても、直接彼らに働きかけるということはあまりしなかったと言います。
そうではなく、席順や、子どもたちに対する語りかけなどで、「お互いに知り合うことの大切さ」「皆を仲間に入れることの大切さ」を伝えていたそうです。
そして、まったく自分の良さを周りから気づいてもらえずにいる子どもの良さを、どのように引き出すかに心を砕いていたそうです。
直接の働きかけがなかったとしても、孤独を感じている子どもが、キャシー先生からの気遣いを感じていたことは間違いないことでしょう。
だって子どもは、誰か大人から「気にかけてもらう」だけで、本当に多くのものを受け取るんですからね。
2014年に埼玉県の17歳の少年が、母親に命じられて祖父母を殺害して金品を奪った事件がありました。
その事件をまとめた毎日新聞の女性記者の本のタイトルは、「誰もボクを見ていない」でした。
本当に象徴的なタイトルです。
この少年は、実母と養父から精神的、性的虐待を受け続け、小学校5年生から学校にも通わせてもらえず、各地を転々としてきたそうです。
もし、彼の周りにいる大人が、たった一人でも、ずっと早い段階で彼の窮状に気づいていたら。
そして、「あなたのことを気にかけているよ」というメッセージを、彼に伝えることができていたら。
メルトンさんは、自分のブログでこう続けています。
「この先生が、空っぽの教室の中で11歳の震える子どもたちの手で書かれた紙をじっくり読んでいる時、彼女は命を救っているのです。
私はそう確信しています。彼女は命を救っているのだと」
私も本当に、そう思います。
孤独な子どもが、たった一人でも、自分のことを気にかけてくれる大人の存在を感じることができるだけで、その子は将来、誰かを殺さなくてすむかもしれない。
自殺しなくてすむかもしれない。
本当です。
その意味で、小学生というのは、本当に重要な年代です。(子どもに対する働きかけは、早ければ早いほど効果があるからです)
ちなみにキャシー先生、2014年に引退されたそうです。
いつか来日して、教師向けの研修などやってもらえるといいなあと思います。
世の中の教師のみなさまへ。
学校ではよく、いじめが起きると、生徒たちに匿名のアンケートを書かせたりしますが、それでは遅すぎるし、全くいじめの予防にはなりません。
「いじめを見たか?」なんていう質問を全くしなくても、いじめの可能性を正確にあぶり出す、キャシー先生のような方法があります。
よろしければぜひ、活用してみてください。
そして、いじめは、懲罰では絶対に無くなりません。
いじめている子どもも、いじめられている子と同じくらい助けを必要としています。
よければどうぞ、そのことも覚えておいてください。
私はスクールカウンセラーもしているので、
先生方がいかに多忙で、いかに大変な中、子どもたちのために奮闘しているかを知っています。ま
ずはご自身がサポートを受け取ることを、どうぞ忘れないてくださいね。
私は先生方を、心から応援しています。