続・心配は、愛情とはちがいます


前回の記事の続きです。

心配は、愛情とはちがいます

世の中の親御さんで、子どもの心配をしていない人は、まずいないだろうと思います。

だから、心配=愛情だと、ほとんどの人が考えているわけですが、
心配と愛情は、まったくの別物なのだということについて、今日はガッツリお伝えしたいと思います。

 

カリフォルニアに、ハートマス研究所というところがあります。
1991年の設立以来、人間のハート(心臓)についての研究、教育を行なっている機関ですが、
そのハートマス研究所が出している、有名なイラストがこちらです。
(このイラスト、私もしょっちゅう、自分のワークショップで使っています)

 

(出典はこちらのWebページです)

人間の心臓からは、電磁場が出ていて、
その電磁場のエネルギーは、自分の周りにいる人に影響を与えている。

つまり私たちは、何も話さなくても、同じ空間にいるだけで互いに影響を及ぼし合っているのだということが、同研究所の研究結果から明らかになっています。

人間の身体、心、精神の調和が取れている状態を、同研究所では「コヒアランスな状態」と呼んでいますが、
この、コヒアランスな状態も、実は測定可能です。

心拍変動(Heart Rate Variability-HRV)という、呼気と吸気で生じる心拍数の変化が、一定の数値内に収まっているとき、人間は深い安らぎの状態にあることが、研究結果から分かっています。

そして、コヒアランスな状態にある人が1人いるだけで、その人の半径数メートル以内にいる人にも良い影響を及ぼすのだそうです。

 

ということは、その逆もまた真なりということです。

もしお母さんが、いつも心にざわざわした不安を抱えているとしたら、
常にそのお母さんの一番近くにいる子どもには、一体何が起こるでしょうか?

同じように不安になり、ざわざわして、多動になったり、睡眠や食欲が不安定だったり、学校で落ち着きがなかったり、いじめたりいじめられたり・・・という状態になっても、まったくおかしくはないと思いませんか?

子どもを心配するお母さんは、
「心配する対象が目の前にあるのだから、心配するのが当たり前。だって子どもを愛していたら、心配しないわけがない」
と思っているかもしれません。

 

でも実は、順序がまったく逆なのです。

 

自分の中にもともと、ざわざわ感や不安感があるから、たまたま目の前にいる子どもに、それが投影されているだけです。

そして、その不安・心配エネルギーの真っ只中にいる子どもが、そのエネルギーに影響されて、親が心配した通りの行動をしてくれているだけです。

 

私の母は、まさにその典型例でした。

母は日本全体が飢えに苦しんでいた太平洋戦争の最中に東京に生まれ、
もちろん母親の母乳は出ず、食料不足の幼少期を送り、
しかも6人兄弟の5番目で、
(つまり限りなく存在感が薄い)
代々続く典型的な江戸っ子である自分の父親からビシビシ体罰を受け、
身体が弱かった母親の代わりに、15歳年上の厳しい姉を母親役に育ちました。

・・・ま、そんな環境で育ったら、不安を抱えずに成長する方がおかしいですよね(苦笑)。

もちろん、責められるべきは環境であり、
今の私はそんな母に対して個人的な恨みはありませんが、
(自分のセラピー、ものすごく受けましたのでね^^;)
そんな母親の元で第一子として育つのは、まあ、ごく控えめに言って、ものすごく大変なことではありました(⌒-⌒; )。

子どものことが常に心配、不安、批判。
そしてその不安感を隠しておけず、全部子ども本人にぶつける。
なんせ子どもが病気になると、自分が不安で不安で、子ども本人を怒らずにはいられない人だったんですから。

彼女がどれほどザワザワしていたかを表す、典型的なエピソードがあります。

私が高校3年生の時の、共通一次(今のセンター試験)の初日の朝の出来事です。

 

その日私はちょっと風邪気味だったので、
少し迷ったのですが、やはり体調を整えることが優先だろうと思い、朝食後、市販の風邪薬を飲みました。

それを見た母親は、

「あらっ。あなた今風邪薬飲んだわね。その薬、眠くなる成分が入ってるんじゃない?大丈夫なの?」

・・・私にももちろんそれは分かっていました。

でも鼻づまりや発熱に耐えながら試験を受けるよりはマシだろうと思い、飲むことにしたのに。

すでに自分でも、少し不安だったのに。

・・・ううう。

母親はさらに、「本当に大丈夫なの?大丈夫なの?」と、何度も畳みかけてきます。

 

いやはや。

ただでさえ不安な受験生の、まさに受験当日の朝ですよ。

しかももう飲んじゃったんだから、吐き出すことだって無理。

 

私の中で、だんだんパニックが大きくなっていきました。

そして、何度目かの彼女の「大丈夫なの?」を聞いた私は、ついに耐えきれずに大声でわめき、号泣してしまいました。

 

やれやれ。

 

・・・そんな最悪な精神状態で臨んだ共通一次、もちろん大失敗です。
結果的に私は、仮面浪人することになりました。

 

あの時、薬を飲んだ私に、ガハハと笑って、
「平気よ〜、少しくらい眠くなったって。むしろ、ちょっとリラックスしてるくらいの方が、うまく行くわよ。あんたなら絶対大丈夫!!」と、背中をバーンと叩いて送り出してくれるような母親だったら、どんなに私は安心できたことでしょう・・・(涙)。

残念ながら、うちの母親は、ザワザワが強すぎて
(専門的な言葉で言えば、交感神経の活性化が高すぎて)、
とても、そんな余裕のある人ではありませんでした。

 

子どもが安心して幸せであるためには、本当に、親自身が安心で幸せであることが何よりも何よりも大切なのだと、私がこのブログの読者には耳タコになるくらい繰り返すのは、
私が個人的な体験からそれを確信しているから、
そして、最新の研究結果からもそれが最も理にかなっているからだということが、みなさんにもこれでお分かりだと思います。

子どもを元気にするために、親ができるたったひとつのこと

「そうは言っても、子どもが犯罪に巻き込まれたり、大きな不幸に襲われたりしたら、子どものことを心配して当たり前だ」と、まだ思っている親御さんがいるとしたら。

 

最後に、私のとっておきのエピソードをご紹介しますね。

 

カリフォルニアに住む、大好きな友人の話です。

 

友人の息子は、友人が彼を妊娠中に本当にショックな出来事に遭遇したこともあり、
(どんなに素晴らしい親でも、様々な不可抗力で子どもにトラウマを与えてしまうことはあります)
小さい頃から、かなり不安定な子でした。

友人夫妻は、本当に素敵な人たちで、
セラピーや外部からの助けを含め、息子のためにあらゆる力を尽くしましたが、
彼が抱える闇はとても大きく、結局、成人後に彼は家を出て行方不明になりました。

 

その彼女に、何年か前に久しぶりに再会したときのことです。

私が、「そういえば、Yはどうしてる?」と息子の消息を尋ねると、彼女は、満面の笑みでこう言いました。

「ううん、知らないの。
でも、近所の友達が、この前、隣町でホームレスをしてる彼を見かけたって」

 

彼女の笑顔には、一点の曇りもありませんでした。

心からの笑顔でそう言えるようになるまでには、きっと彼らもいくつもの修羅場をくぐり抜けたんだと思います。

でも、そう答えた時の彼女からは、息子の人生に対する心からの信頼しか感じませんでした。
そして、その信頼こそが、今の彼を支えている最大のギフトなんだということも。

 

お母さんが、こういうエネルギーで彼のことを見ている限り、彼には、絶対悪いことは起こらない。

たとえ、ホームレスをしていたとしても。

 

なんの根拠もなく、そう感じました。

 

私も、自分の娘に将来何かがあった時、彼女のように、心から娘の人生のプロセスを信頼して、コントロールを手放せる親になりたい。
本当に本当に、そう思いました。

 

そのために、日々修行(=自分の幸せを最優先に考える)に励んでいる私ですo(^▽^)o。
そしてそれは、とっても楽しい修行です。

世の中のお母様がた、ぜひご一緒に!!