皆様、
お元気ですか。
本日、アメリカのトラウマリソース研究所(TRI)が開発した、トラウマ回復モデル(TRM)という災害時のトラウマ予防ケアのワークショップ第1回目が札幌で無事に終了いたしました。
心理士、保健師、教師など心のケアに携わる方々25人が参加くださり、充実したワークショップとすることができました。参加くださった皆様、どうもありがとうございます。
そこでもシェアした、トラウマ回復モデルの創始者エレーン・ミラー・カラスの論文をこちらにも転載しておきます。専門家向けですが、被災地の支援のヒントとなる情報がたくさん含まれています。
【トラウマ回復モデル(The Trauma Resiliency Model)】
被災地支援のためのガイドライン
トラウマリソース研究所(TRI)
共同創設者・共同ディレクター
エレーン・ミラー・カラス(ソーシャルワーカー)
難民キャンプを訪れた際、ハイチ大地震生存者の一人である若い女性マリーは、地球が爆発し彼女の人生が根本的に変化して以来、ずっと気分が悪いとクレオール語で語った。彼女は不眠、腹部の不快感、頭痛を訴え、しばしば足が弱々しく感じると報告した。心臓の鼓動が速すぎて常に疲労困憊していた。気分の変動が激しく、絶望、罪悪感、怒り、悲しみ、悲嘆や恥の感覚に悩まされていた。彼女はさらに、忘れっぽくなり、現在と未来を混同する感じがすると話した。彼女は恐怖や、友人たちから聞いた女性達に対する暴行の詳細を語った。不幸なことに彼女の父親と婚約者がポルトープランス(ハイチの首都)の崩壊で死亡したと、涙ながらに話した。
彼女が述べたこうした症状は、ポルトープランスで起きたような規模の自然災害の後にはよくみられるものである。これらの症状は過去5年間にタイ、中国、ニューオリンズやアフリカの大災害での生存者の間でも観察された。この論文では、大災害に対する人間の一般的な反応と、このトラウマ回復モデルが、簡単な生物学的介入と心理教育によっていかに個人のバランスを取り戻す助けとなるかを探っていく。
ショックトラウマとは、人の対処(コーピング)能力を圧倒してしまう出来事を指す。広範囲に及ぶ死と破壊を目の当たりにする強烈な体験は、人間の存在そのものにかかわる性質を持つ。その体験の最中、出来事があまりに急で速いスピードで起きたため、人がそれに対処できる能力は圧倒されてしまう。生存者は頻繁に、強烈な感情を伴う崩壊と分裂の内的な感覚を訴える。
生存者はしばしば、個人の安全が失われ、「作り替えられた」自分について語る。多くの場合、大規模な社会構造の変化が起こる(家族や友人の死傷、自宅の喪失、教会やショッピングセンター、公園といった地域の集会場所の喪失など)。深淵な生存者の罪悪感が自己の存在の中核まで刻み込まれることも少なくない。罪悪感と、それに関連した恥の感覚は、ゆがめられた考えや信念として現れたり、身体症状として現れることがある。生きたい気持ちと死にたい気持ちの内的な葛藤を同時に感じる生存者もいる。
2011年3月11日に起きた日本での地震、津波、そして迫り来る原子力被害は未曾有の出来事である。生存者の神経系を安定させるための援助は、彼らがバランスを取り戻し、生活を再建できるようになるために何よりも必要である。Bromet(2011)は原子力災害が精神保健に与える影響に関しての先駆的な研究者の一人である。Brometは、人々がいったん放射能にさらされたと思い込むと、彼らの健康に関する不安はなかなか消えない事を発見した。見えない脅威からの副作用について十分に知らないという慢性的な不安が起こる場合がある。親は子供の発育に関して、放射能が悲惨な病気を引き起こすのではないかと心配する。チェルノブイリ原発事故の後、避難した人々が大きな社会的烙印を押された事が分かっている。人々は彼らを怖がり、彼らが放射能で汚染されていると思い、彼らの存在が他の人々を汚染するかもしれないと考えた。Brometはさらに、被災者は新しいコミュニティーで受け入れられず、親たちは自分の子どもたちを避難してきた子供たちと遊ばせたがらなかったと述べている。Bromet(2011)はまた、原子力災害後の3つの主要な精神衛生面での問題は、不安、鬱と心的外傷後ストレス障害(PTSD)であるとしている。「この問題における独自の特徴は、放射能が原因の健康不安である。問題はどれだけの放射能が漏れたかではない——放射能が漏れたという事実そのものが問題となる。常にそれが最も大きな恐怖のひとつになる。日本ではこれがあまりにも多くの恐ろしい出来事の文脈で起こっているため、健康不安がさらに大きな位置を占める可能性がある」。従って、一刻も早い介入が不可欠である。
新しい見方——生物学的な視点
破壊的な出来事の後に人間の神経系に深く刻み込まれる体験には、生物学的な根拠がある。心的外傷のストレス反応は、多くの生存者にとって常に内的な素地として働くことがある。神経系の覚醒状態は、その人の世界観に影響を与え、それが原因となって攻撃性や暴力から分離や鬱に至るまでの様々な行動を招く可能性がある。調節不全の状態は心的外傷体験から生み出され、些細な刺激でさえも活性化を招くことがある。自律神経系の調整不全は、個人の心身の内部でのバランス感覚の欠如という結果を引き起こす。
もしトラウマがかなり深刻かつ/あるいは繰り返し起こった場合、調整不全の神経系はその人の内的な体験を消耗させるだろう。Scaer(2005)は、トラウマ的な単一の出来事あるいは一連の出来事が起こった後には、成人、子どもを問わず、通常は耐えられる生活上のストレスに対して過剰な反応を体験し、その結果繰り返し交感神経の過剰覚醒を起こすと述べている。コルチゾールなどのストレスホルモンが身体内で大量に分泌されるのである。
Scaer(2005)はさらに、ホルモンの役割に言及している。コルチゾールのようなホルモンはトラウマ体験の後の反応を発達させる役割を果たす。彼は以下のように述べている。
「コルチゾールは、脅威やストレスにさらされた動物が、その脅威やストレスに対処し耐えられるように備える。もしストレスや脅威が非常に長く持続すると、コルチゾールは脳の活動を刺激し、警戒状態を高め、その結果不眠を引き起こす。コルチゾールは有害な副作用の長いリストを持つ……高レベルのコルチゾールは免疫系を抑圧し、リンパ節と胸腺の退化や萎縮を引き起こすことで、ストレス下にある動物を感染させやすくする。コルチゾールはまた、胃酸の分泌を増加させる。胃酸の逆流……はストレスによくある症状である。ストレスは主に……防衛の準備状態が比較的長引いた状態に脳が適応しようとした結果、血清コルチゾールの値が上昇したことに関連している」
一連の症状についての心理教育をすることで、生存者はトラウマへのストレス反応を、よくそう
思われるような人間的な弱さ(「自分がおかしくなっている」)から来るのではなく、圧倒させられる出来事への生物的な反応のひとつ(「桁外れの出来事に対して人間らしく反応しているだけだ」)という風にとらえ直すことができる。日本の場合、生存者たちはおそらく、自分の症状がトラウマ的ストレスなのか、それとも原発被害からの影響なのかとまどい、更なる困難を抱える可能性があるだろう。
生存者の全員がトラウマ的ストレスの症状を発達させるわけではない。トラウマ的な出来事のあとでも回復力は豊富にあり、大きな苦しみにもかかわらず、人間的な親切心や寛大さはしばしば増幅するものである。多くの生存者は、大惨事のあとで人生の意味がパワフルに深まったことを報告している。トラウマ的な出来事の直後にいかに他者を助けたかを表現しながら、強さや勇気の感覚を報告する人もいる。自分の信仰が強化されることもあるだろう。生存者の多くは、命そのものや、彼らの身近な生き残った人々に対するより深い感謝の念を表現している。
トラウマ回復モデル(TRM)の主要概念
TRMは、トラウマ的ストレスの症状を軽減させるための具体的なスキルを提供するものである。治療の目標は、クライアントが神経系の基本的な仕組みを理解できるよう助け、心身のバランスを取り戻すための特定のスキルを教えることである。このバランスは、「回復ゾーン」と呼ばれる。
身体には本来、自然な回復力が備えわっている。私たちが身体的かつ/または心理的な危機に直面すると、人間の身体は自動的に本能的な防衛反応を起こす。自律神経系の交感神経部門が活動を開始し、その結果呼吸や心拍が加速し、ストレスホルモンが生存のために活発になる。脅威が去ると、自律神経系の相補的な部門である副交感神経がバランスを取り、呼吸や心拍が遅くなる。人によっては、トラウマ的な出来事があまりに大きく、あまりに速い速度で起きたために圧倒されてしまい、神経系が自然のリズムに戻れないことがある。
人が交感神経の過覚醒の中で「高い状態で行き詰まる」と、慢性的な不安、パニック、激怒かつ/または多動になる。逆に神経系が「低い状態で行き詰まる」と、うつ、断絶、疲労、麻痺の深みにはまってしまう。車のアクセルとブレーキを同時に踏んだ時のように、両方のシステムが同時に行き詰まったときは、凍りつき反応と呼ばれる反応を引き起こす。それはヘッドライトを浴びた鹿の目つきや、軍隊におけるいわゆる「1000ヤード(約900メートル)の凝視」である。人が「凍りつき」反応にあるときは、時間の流れが遅くなり、恐怖や痛みが減少する。それによって生存の可能性が増える人もいれば、そうではない人もいる。戦うか逃げるかという自動的な防衛反応が完了できず、かつ/または凍りつき反応に入ってしまうと、生存のためのエネルギーは身体にロックされ、神経系に閉じ込められてしまう。この「閉じ込められたエネルギー」こそが、トラウマ的ストレスの症状を引き起こすのである。TRMの技法は、この閉じ込められたエネルギーを解放し、神経系をリセットして心身のバランスを取り戻すのに役立つ。
TRMは、身体的、すなわち身体に主眼を置いたアプローチである。トラウマは「話すことで解決」はしない。なぜならトラウマは我々の原始的な防衛反応をつかさどる脳幹に刻み込まれ、脳のこの部位は言語ではなく、身体感覚のみに反応するからである。TRMメソッドが、トラウマ的な出来事を語ってもらうことを必要としないのはこのためである。TRMは、今ある身体症状に働きかけ、自分が本来持っている癒しの能力に気付けるように生存者を援助することによって、心身のバランスを取り戻すことができる。
トラウマ体験を語ることは多くの人にとり大切なことではある。しかしバランス感覚に気付きを向けることで自律神経系を追跡(トラッキング)する方法を会得した人は、TRMの介入以前には語る際に常に圧倒される感覚が存在していたにもかからわず、そうした感覚を感じることなく体験を語ることができるようになる。
以下のガイドラインは、自然災害や人災による大惨事の後、生存者をどのように援助すればよいかをまとめたものである。
【TRMのガイドライン】
1.関係を築く−−被災者との関係を築くために次のような質問から会話を始める。
A.今一番あなたを助けてくれているのは誰でしょう?
B. この難しい状況を乗り越えるのに、助けになっているものは何でしょうか?
C.生存者のニーズを聞くこともまた、関係を築くきっかけになる。「今何を一番心配していますか?」など。あなたは具体的なサービスについて情報を提供できる立場にあるかもしれないが、援助についての誤った希望を与えないようにすることが重要である。生存者の中には、援助者が出来る範囲以上のことを期待してしまう人もいるからだ。
若いクレオールの女性マリーは、母親と避難所の運営者から現在最も助けられていると言った。助けについて説明しているとき、彼女は深呼吸をして、彼女の筋肉が緩んでいくのを観察できた。次のステップは、彼女にとって役に立ついくつかのスキルを学びたいかどうか尋ねることである。
2.「高/低での行き詰まり」のグラフを使い、トラウマ的な出来事の後に身体の内部で何が起きるかについて簡単に説明する。
(※グラフ省略)
グラフを紹介すると、マリーは「高」での行き詰まりと「低」での行き詰まりを行ったり来たりしていることを話してくれた。彼女はこれが正常な反応だと知ってほっとしたと語った。
3.トラッキング−−自律神経系について簡単に教育する。
「あなたが不安を感じているときには、心拍と呼吸が速くなり、筋肉の緊張に気づくかもしれません(交感神経)」「あなたが落ち着いているときや、より安定を感じているときには、呼吸と心拍がゆっくりになり、筋肉がリラックスしていることに気づくかもしれません(副交感神経)。あなたの感覚をトラッキングする(追跡する)ことは、あなたの気づきを、落ち着ける感覚へ向ける助けになり、それによって、あなたの神経系がバランスを取り戻すことができるんですよ」
マリーは感覚を説明することができた。彼女は母親のことを考えると自分の呼吸がゆっくりになり、自分の内側がより穏やかな感じがすると言った。彼女はその変化を感じてみるように励まされた。そうすることで、彼女の呼吸はさらに深くなった。彼女はよりリラックスした感じがすると言った。
4.グラウンディング—グラウンディングは、今この瞬間の自分の身体と大地との関係に気づくことを指す。例えば、地震後、多くの生存者は「地震ショック」と呼ばれる体験を持つ。それは大地が今でも揺れているという継続的な感覚のことで、それによって心拍が速くなり、胸の痛みを含むさまざまな身体症状を引き起こす場合がある。生存者にグラウンディングのエクササイズを指導することで、地震ショックを軽減/消滅させることができる。それは、より本来の自分らしく感じ、自律神経系がバランスを取り戻すための第一歩である。
グラウンディングのエクササイズ
➢楽な姿勢を見つける
➢床、いす、ソファがいかにあなたの身体を支えているかに気づく
➢身体の中でもっとも支えられている感じがする部分に気づく
➢身体がいかに支えられているかに注意を向けながら、自分の内側で何が起きているかに気づく
➢あなたの気づきを足に向け、地面がいかに足を支えているか気づく(よりグラウンディングを感じるためにタッチを必要とする人もいる。例えば、相手の足の上や横に優しく自分の足を置いてあげる)
➢再び、内側に何が起きているかに気づく
➢もし不快な感覚に気づいたら、身体の中で普通な感じがしたり、少しでも楽に感じる部分に注意を向ける
➢身体全体に注意を向け、このエクササイズを始めてからより楽に感じたり、普通な感じになった感覚に気づく。エクササイズを終えるにあたり、少し時間を取ってそれらの感覚に気づいてみる。
マリーはグラウンディングすることができ、地震が起きて以来はじめて足がしっかりした感じがすると報告した。
もしその人がグラウンディングしづらいようであれば、資源づけ(下記参照)を試すことができる。人によってはイメージを深めてから身体を感じる方が上手く行くからである。
注:援助者は生存者の自己調整能力にアクセスする必要がある。もし誰かが身体を感じることが出来ない場合、その人はTRMのスキルに取り組む準備が出来ていないのかもしれない。我々はグラウンディングや資源づけのスキルを用いて彼らの準備具合のアセスメントを行う。
5.資源づけ(リソーシング)——内側と外側の資源(リソース)を見つける。
➢外側の資源を見つけるための質問——あなたの人生の中で、あなたを落ち着かせたり、安心させたり、安らぎを感じさせてくれる人々、場所、経験について話してください。
➢内側の資源を見つけるための質問——あなたが好きな自分の特徴は何ですか?(ユーモアの感覚、勇気、思いやり、強さなど) あなたのことを良く知る人はあなたの長所をどのように説明するでしょうか?
資源が出てくるにつれ、生存者はその一つについて細部まで詳しく説明するよう尋ねられる。資源についての情報がさらに語られるにしたがって、資源を説明しているときに自分の内側で何が起きているかに気づいてもらう。たいていの場合、資源はさらに深いリラクゼーション状態を引き起こす。相手が気持ちよい感覚について語る時に、援助者は相手にその感覚をトラッキングするように励ます。
6.自分が生き延びたストーリーを話すことが役に立つ人もいる。活性化を減らし、生存者の再トラウマ化を避けるために、異なった方法でストーリーに取り組むことが重要である。ストーリーの最後から語ってもらうようにすること。それによって、その人は現在の瞬間に自分たちが生き延びており、自分にとって重要な人たちの中にも生き延びた人がいるということを知ることができるからである。
➢あなたが生き延びたと分かった瞬間について話してもらえますか?
➢家族や友人の中で他に誰が生き延びましたか?彼らが大丈夫だったと知った瞬間を思い出すことができますか?
援助者は、生存者が生き延びた瞬間を思い出したときや、家族のメンバーや友人が生き残ったと知った時に出てきた感覚に気づくよう励ます。中には、家族の消息が分かるまで自分自身が生き残ったという感覚を持てない生存者もいるだろう。
マリーの話は非常に痛ましかった。彼の父親と婚約者が地震で亡くなった。マリーは生き残った自分の母親と親友の一人について話すことができた。彼らが生き延びたと知った瞬間について説明しながら、彼女は笑みを浮かべ、深呼吸し始めた。援助者は、彼女がその瞬間を思い出すと自分の内側で何が起きるかに気づいてもらった。するとマリーは父親と婚約者の死を知った時のことを思い出して泣き始めた。彼女は痛みと涙を表現した。涙を流す彼女のそばに援助者が座っていると、ほどなくして彼女の思考は自然にシフトし、母親と友人のことを考え始めた。彼女の神経系は再び落ち着いた。彼女は「これはとてもつらいけれど、私にはこれをくぐり抜けるためのサポートがある」と話した。彼女がこう言った時、援助者は彼女に「私はこれをくぐり抜けるためのサポートがある」という言葉を繰り返してもらい、その時に内側で何が起きるかに気づいてもらった。彼女がその言葉を繰り返すにつれ、彼女の呼吸は深まり、彼女は心拍が遅くなったことを報告した。
生き延びた人々のことから話を始めた時、マリーは、心地よさの内的な資質を広げることができた。そして失った人々について話したとき、彼女は圧倒されずに彼らの話をすることができたのである。
7.クライアントにトラウマ体験が起きた日のことについて話すように勧めることができる。
➢あなたの体験について話したいですか?
自分の体験について話したくないという人もいるだろう。グラウンディング、資源づけ、生き延びたストーリーに取り組むことが、生存者が耐えられる精一杯のワークかもしれない。このようなワークの方法は、彼らのストーリー自体に直接取り組まなかったとしても、神経系を安定させる上で非常に助けになる。
生存者がトラウマ体験について話したがったら、活性化のサイン(速い呼吸、筋緊張など)に注意する。生存者が活性化し始めたら、話を「一時停止」する。生存者に、彼らが不安にならないような別の方法でストーリーを語る手助けをしたいと説明する。「あなたがもっと落ち着いて話したいことをすべて話せるような助けになる方法をいくつかお教えしたいので、ここでちょっと話をお休みしてもらってもいいですか?」
➢生存者の気づきを、グラウンディング、外側や内側の資源、身体内のより落ち着いている、あるいは特に何も起きていない場所に向ける。神経系が落ち着いてより大きなバランスを取り戻すにつれて、生存者に中立の感覚やバランスの感覚に気づいてもらうことができる。それから話を続ける。このプロセスは、生存者が話したいだけの話を全部話すまで繰り返される。多くの生存者にとって、これは圧倒されることなく自分のストーリーを語ることができた初めての体験になるだろう。心身が異なるやり方でストーリーを語り終えることができると知ることは、彼らを力づける体験になることだろう。
マリーのケースでは、今この瞬間に彼女が持つサポートを感じた後は、彼女は地震について話したいという欲求を持たなかった。これは常にそうであるとは限らない。自分の体験について語る必要がある人もおり、それが自分のトラウマ体験をさらに消化する方法なのである。TRMの援助者に導かれるとき、ストーリーは神経系を圧倒しない方法で語られることが可能になる。
8.トラウマのフラッシュバック
① 音やにおいは、トラウマに関連する覚醒や脅威反応を活性化する引き金になり得る。トラウマ的な出来事の音やにおいのイメージはまた、「何の前触れもなく」起こることがある。侵入的な音やにおいのイメージとワークするときは、生存者が中立または相反するような音やにおいの体験を作り出せるように助ける。地震や津波の音が耳を聞こえなくすることもある。
心地良い音/におい(お気に入りの音楽、自然の音/におい、好きな食べ物のにおいなど…)の記憶を思い出すことができますか?
防音室にいる自分をイメージすることで、その音を和らげることはできますか?
身体の中に音量調節のつまみがあるのをイメージして、その音量を下げることはできますか?
あなたをその音/においから守ってくれるために欲しいものをイメージしてみましょう。それはどんなものでしょう?
その音/においから、好きなだけ、または想像できるだけ離れてみてください。
クライアントが音/においを変化させるようなワークをするときは、クライアントに「音が和らいだり、匂いが中立/心地よいものに変わったりするにつれて、内側にどんな変化が起きるか気づいてください」と促す。
② 視覚的なイメージはトラウマのフラッシュバックの引き金になることがある。トラウマ後に何の前触れも無く現れたり、常に継続して現れていたりする。トラウマ的なイメージの視野を広げたり狭めたりすることは、生存者が回復ゾーンにアクセスするのに役立つ。例えば、「そのイメージから自分ができるだけ遠ざかっていくのを想像できますか?」「視野を広げてみると他には何が見えますか?」など質問することができる。
9.放射線被ばくのため、生存者は、自分の身体内に圧倒されるような恐怖があり、どこへも逃れることはできないという感覚を覚えているかもしれない。ここで大事なのは、彼らがグラウンディングしたり、資源づけられたりしたときに感じる自然なリズムを体験できるよう助けることである。彼らの心配を完全に取り除くことはできないかもしれないが、不安の大きさを軽減できたとき、生存者は自分の内側を制御できるという新たな感覚を感じることができるかもしれない。
10.生存者との時間を終える際には、日常生活の中でトラッキング、グラウンディング、資源づけというスキルを使う彼らの能力を強化するようにする。生活の混乱がこの先何週間、何カ月、あるいは何年も続くことになる人もいるだろう。生存者が自分の身体内での心地よさを体験し感じる時間が増えれば増えるほど、大災害の余波に対処できる彼らの内的能力は拡大することだろう。人災または自然災害の後に起こる、何重もの喪失体験に対する悲嘆を簡単にくぐり抜ける助けになるような魔法の方法は存在しない。それでも、身体に備わっている自然治癒力の仕組みを人々が理解できるように助けることで、生存者は喪の作業をくぐり抜け、回復へと向かうことができるのである。
参考文献
1 Bromet, Evelyn, CNN, March 16, 2011 “Will Japan face a Mental Health Crisis? ”
2 Scaer, Robert, Trauma Spectrum, 2005, Norton & Co, New York
(翻訳協力/浅井咲子・足立万里・大野誠士・熊谷珠美・白戸あゆみ 監訳/藤原千枝子)