最近、ちょっとした必要に迫られて、家の荷物をいろいろと整理しています。
押入れを引っくり返したりしているのですが、案の定、あちこちからいろんなものが出てきて、手を止めて見入ってしまうことしばしば。全然作業がはかどりません(笑)。
先日は、アルバムが一杯詰まっている棚を引っくり返しました。
ほんのちょっとめくってみただけですが、本当にいろいろな場所の写真が出てきて、自分の放浪癖に我ながら呆れてしまいました。
学生時代は「10万円で行ける海外旅行」と称して、しょっちゅう東南アジアに貧乏旅行に出かけていた一方、
東南アジア青年の船という政府主催のプログラムに参加して、高級客船で豪遊したりもしましたっけ。
私はバブル全盛期に学生時代を過ごしたのですが、
本当にバブルだったなあとしみじみ感じたのは、
学生仲間で毎年お店を借りきって開いていた盛装クリスマスパーティーの写真が出てきた時です。
当時はそういうことが当たり前でしたが、
今どきそんな生意気な学生に出会ったら、絶対に友達になりたくないと思うに違いありません(笑)。
あの時代はやはり、ちょっと異常だったと思います。
また別の日には、本棚を整理していたら、新聞記者時代に執筆を担当した「朝日キーワード1998」というちょうど10年前の用語解説本が出てきました。
そこで私は、当時盛んに言われ始めた「心の教育」という言葉を解説していて、
もうすっかり忘れていたのですが、保健室登校やスクールカウンセラーについてもいろいろと書いていたのです。
10年後によもや自分がスクールカウンセラーをやっているとは、当時の私は想像だにしていなかったと思うと、人生って面白いですね。
そして極めつけは、昨日、まったく思いがけない場所から出てきた、9年前に英国に滞在していた時にある人にあてて書いた長文の手紙のコピーを見つけたことでした。
そこには、当時の私のつらさ、苦しさが綿々と綴られていました。
しょっちゅう死ぬことも考えていたようです。
そんな手紙を書いたことすらほとんど忘れていたので(しかもコピーを取ったことなど全く覚えていなかったので)、これには本当にびっくりしました。
そうです。私はほんの10年前まで、表面上の華やかな経歴や交友とは裏腹に、心の底にはいつも深い闇を抱えていたのでした。
よく考えたら、朝目覚めたときに1日を心から歓迎したことなど全然なかったような気がします。
それが今の私は、毎朝目覚めて、カーテンを開けるのが楽しくて仕方がありません。
胸をふさがれるような重い気持ちにとらわれることもないし、先の見えない真っ暗闇のような絶望感に襲われることもありません。
もちろん日々起こる日常の小さな困難に怒ったり悲しんだりしている自分はいますが、それでも、心の奥底には人生に対する感謝と愛情が途切れることなく流れている気がします。
いったん楽になってしまうと、過去の苦しみというのは容易に忘れてしまうものです。
私もそうでしたが、今回昔の自分の手紙を突き付けられて、自分がいかに苦しんでいたかをはっきりと思い出しました。
そして、私をここまで癒してくれた周囲の環境と、支えてくれた数多くの人々に対する感謝の気持ちがあふれてきました。
さまざまな人と場所との出会いに恵まれなかったら、私は今の私では決してなかったと思います。
それと同時に、ここまで自分を楽にした一番の功労者は、やはり自分だと感じたのも事実です。
自分を癒すというプロセスは、本当に苦しい作業でしたが、
(今思い出しても、私は同じことを2度やれる自信がありません)
でも、どんなに苦しくても、絶望のどん底に突き落とされても、
「絶対に今より楽になってやる」という強い意志はいつでも変わらず持ち続けていました。
その意志がなければ、いろいろなサポートに導かれることもなかったでしょう。
だから、有森選手ではありませんが、本当に自分をほめてやりたいと思います。
そして、あの手紙を読んで、なぜ私が今の職業を選んだのかもはっきりと思い出しました。
私は、どんな苦しみからも解放されるということを、自分の身をもって知っているので、
だから同じ立場の人のお手伝いができると思ったんだなあと。
これは以前にも書いたかもしれませんが、私は従って、私のカウンセリングルームのドアをたたく人が、どんなに重い症状に苦しんでいてもまったく気にしません。
私が唯一気になるのは、その人の「癒されたいという意志」です。
それさえあれば、私が手伝えることはたくさんあります。
逆に言うと、どんなに医者やセラピストめぐりをしても、心の底で実は癒されたがっていないとすれば、他の人が手伝えることはほとんどありません。
(そして世の中には、心の奥底では癒されることを望んでいない人もたくさんいます)
この「本当は癒されたくない」という気持ちについては、そのうちきちんと書いてみたいと思っています。
今日のところは、ここまで癒しの意志を持ち続けた自分と、そして今癒しの旅路の真っ最中にある皆様に、心からの称賛を捧げたいと思います。
たまには人生の棚卸しもいいものだなあと思った出来事でした(笑)。