本当に癒されるためのヒント⑱「癒しの完結」


皆様、
こんにちは。

さて、癒しシリーズの最後は、おそらく癒しを求める皆さんが一番知りたいであろう、
「癒しが完結することは本当に可能なのか?」
「可能だとすれば、癒しが完結するとはどういう状態なのか?」このテーマについて、現時点での私の思うところを少し書いてみたいと思います。

このシリーズの11回目に、「癒しの旅には、別に終わりがなくてもいい」と書きました。
人間は、死ぬまで進化&成長し続けることができるので、もちろん、いつの時点でもさらに癒されることは可能だと思いますが、その一方で、癒しはやっぱり完結するんだとも実感している今日このごろです。
(・・・はい、またまたパラドックスですね 笑)
私のながーい癒しの旅も、ようやく終わりが見えてきた気がします。ブラボー!

では、「癒しが完結する」って、一体どういう状態なんでしょう?癒しが完結したあとの自分って、どういう自分なんでしょうか?

・・・。

私のかつての想像では、もし私の癒しが完結したら、私は、

身体が常に心地良くてどこにも不快感がなく、常にふかーくひろびろとした呼吸をしていて、ハートがいつも喜びで満たされていて、嫌な気持ちや恐怖を感じることがなく、いつもワクワクしていて、どんな人と会っても緊張せず、相手の良いところが自然に見えて、何があっても決して動揺せず、解決のためのインスピレーションが即座に沸いて、そのインスピレーションを即座に実行に移せるだけのエネルギーにあふれている・・・。

こんな状態だと思っていました。
なんか、むっちゃ良い感じ。この世の天国。キリストかお釈迦様のよう(爆)。

でも、何となく癒しが完結しつつあると実感している今の私がいる場所は、全然こんな感じではありませんでした(爆)。(今後さらに癒しが進めばどうなるかは分かりませんけどね 笑)

今の私はどういう状態なのかというと、今でも身体のあちこちが凝ったり痛んだりすることはあるし、
(以前に比べると激減はしましたが)
たぶん今後も風邪を引いたり病気にもなるだろうし、何かが起こると動揺したり、恐怖を感じたり、ものすごく腹が立ったりもする。
そしてそうした感情を身近な人にぶつけてケンカもするし、娘にヒステリックに怒ってしまったりもする。元々短気な人間で、その短気さには変化なし。
人見知りも直っていないし、
相変わらず口は悪いし、
今でも好きじゃない人はいるし、人に何かを言われて傷ついたり、誰かの言動や世の中の不正に対して怒りが出てくることもある。逆に人を傷つけたり、怒ったり、人間関係がぎくしゃくすることも今後もあると思う。

・・・つまり、これまでの自分と、表面上はなーんにも変わっていません(笑)。誰かに久しぶりに会っても、その人が私に「あらあなた、ちょっと見ないうちにすごく変わったわね!」なんて言うことはおそらくないでしょう。

・・・・では一体、何が変わったんでしょう?
それは、今の私が、こんな不完全な自分を100%近く受け入れているということです。「こんな気持ちを持つなんて、あたしって何てダメな人間!」「あんな些細なことで娘をどなるなんて、あたしって何てダメな母親!」「夫にあんなふるまいするなんて、あたしって何てダメな妻!」「クライアントさんにあんなこと言っちゃうなんて、セラピスト失格!」「風邪ひくなんて、日頃の体調管理がなってないせいよね。ほんとに自業自得なんだから!」・・・等々、昔の私であれば即座に自分の中から出てきた自分に対する批判が、今はほとんど出て来ないし、仮に出てきたとしても、わりとすぐに「あっ、また古いパターンが出てきちゃったね、へへ」と気づいて、その批判を手放すことができるようになりました。
ルイーズ・ヘイは、「すべての問題を解決する鍵は、自分を愛すること。それにはまず、自分に対する一切の批判をやめること」と言っていますが、私が長い長い癒しの旅路の果てにたどりついたのも、まったく同じ結論でした。

・・・どうですか?「なーんだ」っていうくらい、シンプルなことですよね。でもこの拍子抜けするくらいシンプルなことがなかなかできないのも人間なんです。

だって、自分に対するネガティブな考えって、ほとんど自動的に出てくるじゃないですか。バイロン・ケイティは、「私たちは、自分たちが考えていると思っているが、それは違います。私たちは『考えさせられている』のです」と言っていますが、これは本当にその通りで、思考って、ほんとにオートマティックに出てくるもので、自分でなかなかコントロールすることができません。だからこそ、思考をコントロールするための認知療法などがあるわけですが、
思考を「コントロールすべき」対象とみて、思考に直接働きかけても、なかなか思考って変わらないのです。これもパラドックスなんですけどね。

このシリーズで何度も何度も繰り返し強調してきたように、心(頭)と身体はつながっています。楽で心地良い考えを持つためには、身体を楽にするのが、一番の早道です。
私の長年のセラピーは、そのためのプロセスでした。そして、身体が楽になると、自分を罵倒するような思考が出てくる回数が自然に減りました。

面白いもので、
頭の中で自分を罵倒しなくなると、
他の人も自然に罵倒しなくなってきます。
そうなると、他の人の言動も自然に許せるようになってきます。
腹を立てる回数も、傷つく回数も、自然に減ってきます。

これは全部、「自然に」がポイントですからね。
無理して、頑張って、努力して、修行して許してるんじゃないですからね。
(私の経験では、「頑張って許す」「無理して許す」「努力して許す」ことは不可能です。語義矛盾なので。「頑張ってリラックス」「努力してリラックス」ができないのと一緒です)

癒しも、許しも、まずは自分から。(これ、ホントに大事!)
こうして、自然にありのままの自分を(ひいては他人や自分にふりかかる出来事を)許せるようになることが、
癒しの完結なんじゃないかと、今の私は感じています。

癒しの完結、地味ですね(笑)。
癒しが完結しても、誰かがくす玉を割ってくれたり、天使がラッパを吹いてくれたり、
莫大な遺産が転がり込んだりすることはないですが(爆)、
それでも、そこには、静かで確かな祝福があります。
本当ですよ。
かならずあなたも、その場所にたどり着けます。
あなたがそれを望むのならね。

さて、今回で、癒しシリーズはとりあえず最終回になります。
何と、完了までに1年近くかかってしまいました・・・こんなに時間がかかるとは完全に予想外でした(苦笑)。
むちゃくちゃ気まぐれなペースでの更新に気長におつきあいいただいた皆様、本当にありがとうございました。

皆さんのうえに、たくさんの光が降り注ぎますように。
癒しを完結して、ご一緒に地球人生を楽しみましょうね!