8月に寄せて

終戦記念日がある8月は、戦争について思いを巡らす月ですね。
マスコミが年に一度くらいは戦争について特集してくれないと、戦争はどんどん美化され、戦争の悲惨さは忘れ去られる一方なので、
終戦記念日があってよかったと思います。
(個人的には、12月8日の方が重要な記念日だとは思いますが)

数日前に友人宅で、(多分終戦記念日に合わせて)出版されたばかりのある絵本を読み、
あまりにも心打たれたので、自分でも注文してしまいました。

「一郎くんの写真 日章旗の持ち主をさがして (月刊たくさんのふしぎ2019年09月号)」という絵本です。

筆者は、木原育子さんという中日新聞(東京新聞)の女性記者です。

2014年のある日、米国のある団体から、アメリカで見つかった日章旗の持ち主を探して欲しいという依頼が編集部に届いたところから絵本は始まります。

「一郎くんへ」とだけ書かれた、苗字のない日章旗の持ち主を探して、
木原さんは、寄せ書きした59人の名前を昔の電話帳からたどり、一件一件訪ね歩きます。
(その、関係者を見つけ出す経緯も、探偵小説を読んでいるようでドキドキしました)

戦後70年近く経ち、もちろん彼らの大半は亡くなっていましたが、
木原さんは根気よく捜索を続け、とうとう何人かの生存者を見つけました。

そして、一郎さんの苗字が分かり、
一郎さんが出征した時の様子が分かり、
彼がどんな人生をあゆみ、どの海域で命を落としたかが判明します。

最後に木原さんは、一郎さんのお母さんが亡くなるまで暮らしていた家を訪ねます。
そしてその家の仏壇から、お母さんが大切にしまっておいた写真を発見するのです。

写真の裏にお母さんが書いていた言葉を読み、実際の一郎さんの写真を見て、わたしは号泣してしまいました。

お母さんは、写真の裏に何て書いていたでしょうか?
それはぜひ、実際に本書を読んで確かめてください。

 

第二次世界大戦で戦死した日本兵は200万人。
膨大な人数です。

さらに民間を合わせると、第二次世界大戦で命を落とした日本人は300万人以上にも上ると言われます。
そして、世界全体では5000万とも8000万人とも推定されています。

一つの国が丸ごと消えるほどの人口が、あの大戦で命を落とした。

でも数字はただの記号でしかなく、
私たちは、その5000万人を構成した一人一人に思いを馳せる機会は、あまりありません。

でも、5000万人は、それぞれが、誰かにとっての大切な「一郎さん」だった。
そんな当たり前のことを、この小さな絵本が思い出させてくれました。

 

戦争は今も、世界のどこかで続いています。

わたしはトラウマセラピストなので、
日々クライアントさんと接していると、彼らの問題の根底には、日本がかつて戦った戦争があると感じることがよくあります。
彼らはもちろん、二世代も三世代も後の生まれですが、
両親、祖父母、曽祖父母が体験した戦争の傷は、
当事者たちが口をつぐんだまま亡くなっていればなおさらのこと、
世代を超えて、子孫の中に受け継がれていると感じます。

自分の体験について話さなかったということは、それが癒される機会もなかったということです。

トラウマ体験は、口をつぐんでいれば、そのうち消えてなくなるものでは決してありません。
トラウマは時間が解決しないのです。

ある人がトラウマを抱えて死んだということは、
その人の子どもが、無意識の中でそれを受け継いだということです。

言語化されなかったので、子どもはなぜ自分の心がこんなにざわついていたり、生きにくかったりするのかが分からず混乱する。

そしてその混乱は、そっくりまたその人の子どもに引き継がれるのです。

 

トラウマの世代間連鎖(個人だけではなく、国全体としても)を断ち切るには、
まず、傷を受けた人がそれをオープンに語り、
その話に周りが耳を傾けることが最初の一歩です。

 

木原さんが一郎さんのことを調べて新聞記事にしたのが2014年。
それを元にした絵本が出版されたのが2019年。

この5年の間に、当時取材した関係者の中は認知症を患ってもう話が聞けなくなってしまった人もいたそうです。

木原さんが、何とか間に合うタイミングで関係者から話を聴き、一郎さんの記事を書き上げたことで、
そしてそれを読んだ私たちの心が動かされることで、
私たちが戦争で負った膨大なトラウマの中の、ちいさなひとつが癒されたのだとわたしは感じています。

木原さんはあとがきで、こう書いています。

 

「1つだけ新聞記者の使命をあげよ」とう問いがあったとしたら、私はこう答えるだろうと思います。
「新聞記者の使命は、もう二度と戦争をさせない社会にすることだ」と。きっと、それに尽きるだろうと思っています。
そんな決意を込めて、この絵本の最初の書きだしは、こう書くと決めていました。
「私は、新聞記者です」——。そこから始まっているのです。

 

このあとがきを読んで、元ブン屋の私はまた涙が出ました。

最近、マスコミは何かと叩かれる対象ですが、
自分の良心にしたがって素晴らしい仕事をしている記者もまだまだいるんだなと。
そして、それが女性記者であることも誇りに思います。
(さすが東京新聞、望月衣塑子さんの後輩ですね)

 

二度と戦争を起こさないために。
わたしもまず、自分の内側を平和にしていこうと思います。

 

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