ジャスムヒーンさんのダークルームリトリートその6「飢え」

前回の記事の続き。1年前の話です。

ジャスムヒーンさんのダークルームリトリートその5「超常体験、そして私の超能力」

 

(2018・9・14記)

ダークルームでは、まる9日間、何も食べずに過ごしました。

これまで2泊3日の座禅断食には何十回となく参加し、
1年以上、ほぼ完全に一日一食で過ごしたこともありますが、
さすがに9日間も絶食したのは初めてです。

始める前はそれなりに不安もありましたが、
蓋を開けてみると、身体的には思ったよりもずっと楽でした。

なぜなら、1日3回、果物や野菜のジュースが供給されたからです。
全て、タオガーデンのスタッフが生の野菜や果物から絞ってくれたジュースでした。

もちろん、ジュースの摂取はオプションであり、
ジュースどころか水も飲まずに(水は常に飲めるような状態になっていました)9日間過ごすことだってできたわけですが、
私は結局、一回も欠かさずにジュースのお世話になりました^^;。
かなり薄味でしたが、それでもジュースはジュース。美味しかったです。

そして、ここからが大変興味深いところなのですが、
「身体的」には思ったより楽だったものの、
特に最初の数日間、私はかなりの頻度で自分の中の「飢え」と向き合うことになりました。

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ジャスムヒーンさんは常々、自分のプラーナ摂取率は呼吸や筋反射テストを通じて自分で確かめられると言っています。

私もダークルームの初日から呼吸を通じて確かめましたが、何度やっても私のプラーナ摂取率は100パーセント以上と出ました。
(ちなみにこれはダークルームのエネルギーの賜物だったと思います。後述しますが、これを書いている今はかなり下がっています)

つまり、呼吸的には私は食べ物を摂取しなくても生きられるらしいのに、
ときおり、どうしようもなく空腹感に襲われることがあったのです。
気づいたら、食べ物の事ばかり延々と考えていることもありました(笑)。

これは、身体ではなく、私の感情と思考が飢えているせいでした。

ジャスムヒーンさんは、
「私たちは皆、何かに飢えている」と言っています。
ある人は愛に飢え、別の人は富や名声に飢え、
権力に飢え、幸せに飢え、健康に飢え、
霊的な渇きに飢え、平和と調和に飢え、叡智に飢え、・・・と、何らかの形で我々は飢えを経験しています。

その飢えの中には健全なものもあれば、不健全なものもあります。
富や名声への飢えは他者の搾取につながり、叡智への飢えは自己探求につながります。

私があの時感じたどうしようもない空腹感は、紛れもなく私の感情体の飢えで、
他にやることもない真っ暗闇の中で自分の飢えに向き合った時、
自然に浮かんできたのは、自分の母親のことでした。

以前にもブログで書いたことがありますが、私の母親は、日本中が飢えていた太平洋戦争の末期に生まれ、
祖母は母乳も出ず、人生最初の数年間をずっと食糧不足の中で過ごした人間です。

それゆえ、彼女の潜在意識には飢えに対する恐怖が深く刻み込まれていたと思います。
私の子ども時代、我が家の冷蔵庫には常に食糧がぎっしりと詰め込まれ、
おかずを作りすぎてはよく父親に「古いものを食卓に出すな」と怒られていました。
(父は逆に、祖母の田舎である長野県の農家に疎開していたので、同じ戦中派でも飢えるという経験をほとんどしなかった人でした)

ずいぶん前に一度、実家の台所を片付けた時には、
食器棚から、出てくる出てくる・・・賞味期限が10年も前に切れている缶詰や調味料がわんさかと^^;。
すでに父に先立たれて1人暮らしだったにも関わらず、
冷蔵庫はやはり食べ物でいっぱいで、戸棚にはあられやせんべいの袋がぎっしり入っていました。
「1人暮らしなのに、なんでこんなにおせんべいの買い置きがあるの?」と聞いたら、母の答えはこうでした。

「おばあちゃん(自分の母)がいつも、災害が起きた時のために、こういうせんべいを買っておきなさいって言ってたのよ」

・・・私の実家は街のど真ん中。徒歩1分以内にコンビニが2件もあるんですがね(~_~;)。

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ダークルームで感じたのは、
今私が体験している飢えは、私個人のものではなく、母親から細胞レベルで受け継いだ飢えなんだということでした。

いくら身体が食べ物を必要としていなくても、私の感情体は、食べ物がないことが怖くてたまらない。
これに気づいたので、なおさら毎食ジュースを飲もうと決めました(笑)。
私の細胞に刻まれている、母から受け継いだ飢えの恐怖を満たすためにです。
どんなに身体が満たされていても、感情が満たされなければ、人は生きていくのが難しいですからね。

プラーナ摂取率が上がると、9日間絶食しても、ダークルームから出た時にはむしろ体重が増えている人もいるそうですが、
私の場合、9日後には、残念ながら体重が4キロも減っていました^^;。
しかも、初回にも書きましたが、太陽を浴びすぎて体調が悪くなり、
何を食べてもすぐ吐いてしまいました。

その時は、「このまま身体が食べ物を全く受け付けなくなったらどうしよう」という激しい恐怖に襲われたことを、ここで白状しておきます^^;。
これって、まさに母親から受け継いだ恐怖ですよね。
「あら、このまま食べなくても生きられる身体に移行できたらラッキーだわ☆」って考えることだってできたんですから。

食糧不足で人が死ぬ時、それは本当に身体が飢えて死ぬのではなく、大抵の場合は恐怖から死ぬんだと私は思っています。
病気の時は特に、しばらく何も食べないほうがかえって健康になるくらいですからね。

(余談ですが、今回北海道で地震が起きて、
スーパーやコンビニに並ぶ長蛇の列をみたときには、人々の集合意識の恐怖を感じました。
皆、食料と水〔プラス電源〕がないと生きていけないと思い込んでいるんですよね)

これは私の尊敬するあるお坊さんに聞いた話ですが、
飢餓に瀕した北朝鮮に食糧支援をする活動をしていた時、
どんなに救援物資が届こうが、子どもたちはバタバタと死んでいったそうです。

飢餓状態になった子どもたちは、食糧を見ると際限なく貪り食い、
結果、消化できずに全部下から出てしまい、栄養不良で死んでしまう。

唯一、うまく生き延びさせることができたのは、食事前に必ずお祈りをするようにさせていた、キリスト教系の施設だけだったということです。

「食べなければ生きていけない」という思い込み。
この思い込みが恐怖を作り出し、感情体が恐怖に支配され、その結果死に至るのではないかと思います。

私は幸い、翌日には消化器系が正常に機能し始め、
特にたくさん食べたわけでもないのに、3日後にはダークルーム前の体重に戻りました。
(3日で4キロ太ったのも、人生で初めての経験でした^^;)

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ダークルームリトリートから、ちょうど半年が経ちます。
現在の私の食生活はどうかというと、かなりゆるゆるです^^;。
相変わらず朝食は食べませんが、昼時には何かしらつまんでますし、
ダークルーム前には肉は何年も食べませんでしたが、今は訪問先でお肉が出れば、ありがたく食べるようにもなりました。

私にとって食べることは、身体の飢えを満たすというよりは、感情の飢えを満たすことだということに気づいたからです。
私が一番欲しているのは、物理的な栄養というよりは、食べ物の味や感触、そして誰かと食事を共にする時間そのもの。
食事を通じて人とつながったり、会話を楽しんだりすることこそが、私にとっての栄養だからです。
今は娘が小さいのでなおさら、娘と食卓を囲むことや、ママ友を交えて食事を共にすることがとても楽しいからです。

(そして、食事をとればとるほど、もちろんプラーナ率は下がっていきます。
この記事を書くにあたり、久しぶりに呼吸に聞いてみ他ところ、現在の私のプラーナ摂取率は70パーセント台でした・・・^^;)

ただ、今の状態も、プロセスの途中に過ぎないな・・・という感覚はあります。
私の身体は明らかに、食べたあとは重く、眠くなり、
食べるたびに「食べすぎだよ」というはっきりしたサインを送ってきます。
今は感情体のニーズを優先しているので、身体の声を無視しがちですが、
娘がもう少し成長したら、どうなるかな・・・と、それも楽しみな私です。

タイの洞窟話、今回で最後です。
気長にお付き合いいただき、ありがとうございました!

ダークルームを出た直後の、ジャスムヒーンさんと私。
普段より4キロやせてます(^_^;)。

 


暗闇の中、一緒に過ごした仲間たち。年齢も国籍もさまざまでした。
またいつか行きたいな。

 

 

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